らっきょうの丘(出張編)
ここは施工管理を担っている若い社員に、どの現場が一番印象に残っているか?と以前たずねた時に名前の挙がったお客様がいらっしゃる場所、鳥取です。現場経験としてとても勉強になったということに加え、積雪90センチという記録的な大雪の降ったまさにその時、工期の真っただ中だったという強烈な思い出も手伝って、迷わずのランクインだったようです。
今回の訪問は、澄んだ涼しい空気と太陽のぬくもりが心地よい秋の日でした。お客様のご厚意で、初めて訪れた鳥取を案内していただけることになり、まずやってきたのがらっきょうの花咲く丘でした。
これから満開を迎えるというみずみずしい花たちは、淡い紫色のじゅうたんをのびやかに広げていました。背景の山々の手前は谷になっていて、この花園は宙に浮いているようにも思えます。紫の花畑と言えば、十勝ではジャガイモを思い浮かべますが、それよりもずっと小さく繊細な花です。そして、砂丘から続く砂の大地にこの花たちは咲いています。黒々とした畑を日々見ている私にとっては、それが何より不思議です。夏は灼熱に、冬は海からの強い寒風にさらされることでしょう。花も葉も砂に埋もれてしまうこともあるかもしれません。畑の中に雑草らしい雑草が繁茂している様子があまりないことからも、そんな環境の厳しさの一端がうかがえます。逆境の中でもたくましく咲く花が美しいのは、古今東西変わりがないのだな、としみじみと思います。
そして、らっきょうを育てている砂の大地の真ん中へ向かいます。
少ない経験ながらもこれまで様々な土地を歩いてみて、初めて訪れる場所でも何かしら北海道や故郷に似た空気を見つけるものですが、さすがに、この景色に既視感は全くありませんでした。
明るいベージュの丘が、青空に浮かんだ雲へ向かってゆったりと持ち上がり、馬の背の稜線が左右に気持ちよく伸びていきます。この丘の先には、断崖というほどではないものの、一気に日本海へ落ち込むような急な下り坂が待っていようなどとは、この場所に立っていると想像ができません。なだらかな丘はどこまでも続いていそうな気がして、全力疾走してその先を確かめてみたくなる気持ちがよく分かります。
丘を上りきって白波の立つ海を眺めながら一息つき、足跡のつけられていない風紋を探して稜線を歩き、絶滅危惧のエリザハンミョウをオアシスの周りで探します。行動そのものは、いつもの散策とそう変わりはありませんが、宝探しをする考古学者のような気分を味わえるのは、やはり砂に覆われた異世界だからでしょう。無性に楽しくてなりません。
日の出を待つ丘も見てみたかったな、砂の彫刻も体験してみたかった。旬のカニも食べたかったし、まだ梨も味わっていない。エメラルドグリーンになるという海も見たかった。帰り道は、訪れる機会をもらえたありがたさと、好奇心が刺激されて後ろ髪ひかれる思いとが混ざり合います。また絶対に来よう!と思う場所が、ひとつ増えてしまいました。