クマゲラ
「キョーン」
一度だけ響いた声に、もしやと辺りを捜しましたが姿が見えず、「またエゾシカだったのか?」と思い直して先へ進みました。折しも、数日前にクマゲラの映像をテレビ番組で見て、鳴き声を覚えたばかりでした。エゾシカの警戒音に似た印象があり、もしかしてこれまで聞いていた鳴き声の中に、クマゲラも混じっていたのでは、と思い返していたのです。とはいえ、何年も北海道の森を歩いているにも関わらず、エゾオオアカゲラですらまれに見かける程度で、深い森に住むというクマゲラを目にしたことはありませんでした。どれほど森が深ければ会えるのだろうか?などと、雲をつかむような相手に期待は薄く、いつもあきらめ半分でした。
こんな声を聞いたこともすっかり忘れていた帰り道、出会いは偶然のようで必然に転がってくるもののようです。かすかに聞こえてきた「コンコンコンコン」という音に気付いて、顔を向けると、視線のまっすぐ先に大きな影を見つけました。真っ黒な身体に真っ赤な頭頂部、まぎれもなくクマゲラです。思っていたよりずっと大きく、他の鳥と見間違いようのない姿です。
再び、行きにも聞いた「キョーン」という声を上げると、遠目にも分かる真ん丸な目をこちらへ向けつつ、幹を上へ下へと移動していきます。よほどこの場から離れがたいのか、警戒しつつも飛び立つ気配はなく、お互いに様子を探り合っているのが分かります。良く見れば、彼によって開けられた新しい木の穴が幾つもこちらを向いていて、根元には木屑が豪快に散らばっていました。虫が少ない冬の間の、貴重な餌場なのでしょう。ここは邪魔をしないのがマナーです。望遠レンズをもち合わせていなかった身としては、もう少し近くへ寄りたい気持ちももちろんありましたが、ぐっとこらえてこの場を去りました。
次はきっと、すぐに彼らの声を聞き分けられるでしょう。彼らに会うためだけにまた訪れてもいいな、そんなことを考えながらの帰り道はずっと楽しいものになりました。
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