心の棘
里も山も花盛りの今は、その空気に包まれるだけで幸せな気分になります。そんな浮かれた心にチクッと刺さる出来事がありました。
早春の山歩きは毎年、日高山脈の南端から西に枝分かれしたアポイ岳から始まります。遠目にも白い雪の谷筋がはっきりと見える他の山々よりも、春の訪れがずっと早く、5月の中旬頃には花々が咲き競い出すからです。それでも、4月の末は、まだ花の種類は数えるほどです。自身の体も目覚めたばかりで、重たい脚をどうにかこうにか前へ進めていきます。アポイ岳の5合目までには4つの休憩所がありますが、いつも辛さとの戦いになるその年最初の登山は、それぞれの休憩所に備えられているベンチを目指して、何とか頑張るというのが毎年の常でした。だからこそ、決まってベンチのすぐ横に、誰よりも早く紫色の花を咲かせるショウジョウバカマは、疲れを癒してくれる一番の功労者でした。
それが、今年はその姿が見えません。「あれ?」すぐに気付いてしゃがみ込むと、葉も茎も地上部分が切られていたのです。直線の切り口を見る限り、動物が餌にしたとは思えません。恐らく人がしたことなのでしょう。
花の山としても知られるアポイ岳の高山植物群落は、ヒダカソウなどの固有種を始め数多くの貴重な花々を育み、国の特別天然記念物にも指定されています。通常であれば標高2千メートル級の山に登らなければ見られないような高山植物が、800メートルほどの高さで見られることもあり、大人から子供まで多くの人を受け入れてくれる山でもあります。その反面、盗掘が後を絶たず、登山道には高山植物保護を訴える標語が立ち、パトロールする監視員の姿もよく見かけます。
ショウジョウバカマは決して珍しい花ではありません。貴重な種類でなければ採ってもいいだろうと思う人がいたのでしょうか?だとしたら、余計に空しい気持ちが込み上がってきます。私にとっては、毎年必ずその場所に咲いている姿に慰められ、力を分けてもらっていた存在でもあったからです。自然の価値とは何なのでしょう?人として、自然とはどう付き合うべきなのでしょうか。心に刺さった小さな棘を抜いてくれる答えが見つかるでしょうか。少し長い休みの間、向き合ってみたいと思います。
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