大人
人は、誰かに必要とされることで、その存在意義を確認し、そして人を通して、自分の姿を確認しがちです。
誰かを介してでないと、自分の名前さえわからず、自分が何者かさえもわかりません。
幸いなことに、私達は、家族、職場、学校など、何らかの形で社会とつながり、自分の存在を確認できます。
自分の存在を確認して、自分の力を勘違いし、生きていられることの大切さを見失ってしまいがちになり、何かきっかけがないと気づかないほど、平和な環境に甘えて過ごしてきている気がします。
奈良時代以降、この国でも、男性は15歳になれば、元服を行い、成人として扱われていました。彼らは、大人として自分のあるべき姿を誰もが自覚し、甘えた考えなど、決してもたなかったのではないでしょうか。
それこそが、美しい大人のありかたなのではないでしょうか。
2011年9月12日
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