私たちの番
寒い冬の良いところ、きっと北海道で野山を歩くことが好きな人は、きっと口をそろえて言うに違いありません。ヒグマの心配をしなくてもよいこと、と。ヒグマは完全な冬眠に入るわけではないため、絶対に出会わないという保証はありませんが、厳冬期に遭遇する確率はとても低くなります。
ヒグマの生息密度が最も高い知床の森を悠々と歩くことは、冬にしかできないことの一つでしょう。冬期間封鎖されている知床五湖にも、認定ガイドの引率のもと、1日150人を上限として入ることができると知り、申し込んでみました。スノーシューを履き、凍った湖上を横断しながら約3キロのコースを五湖、四湖、三湖、二湖そして一湖と、3時間ほどかけて歩きます。あいにくの雪模様ではありましたが、風も弱く、少し前を歩く別のグループの声も、後ろから歩いてくるグループの声も聞こえず、本当に静かな森が広がっていました。
途中、ちょっとした傾斜を見つけては、ビニール袋を敷いてシリセード(尻滑り)を楽しんだり、針葉樹に積もった雪のシャワーで人の姿が見えなくなるほどのホワイトアウトに驚いたり、いつもとは違った遊びを教えてもらいながら進みます。四湖の淵に着いた辺りでしょうか。立派な葡萄のツルが巻きついたトドマツがありました。「よく見てください」とガイドさん。ヒグマの爪痕がはっきりと残っていました。今年つけられたと思われる新しいものも古い傷跡も、木の上の方まで続いています。この時期だからこそ、「本当にヒグマは木登りも上手なんだ」などと感心して眺める事もできますが、紅葉狩りの季節、突然木の上から、葡萄でお腹を満たしたヒグマが滑り下りてきたらと想像すると、本当に背筋がぞっとします。
終盤、流氷が押し寄せる海岸を眺めて帰り道に戻ると、一湖を囲む高架木道が真っ白な世界に浮かびあがっていました。今、私たちの立っている場所は、本来ヒグマたちの縄張りで、夏の間は人間が立ち入れない場所です。彼らはここから木道を行き来する人間たちの姿を見ているのだと思うと、少し不思議な気持ちです。でも、これも一つの共存のあり方かと思えてきました。相手の生活にむやみに立ち入らないよう、季節や時間をずらしたり、場所を区切ったりするだけで、お互いのストレスを減らすことができます。そして、今は私たちが思う存分楽しむことができる番ということです。雪と戯れたり、動物たちの痕跡をたどったり、ただ森の空気を吸い込むだけでもきっと満たされた気持ちになるはずです。せっかくの北海道なのですから、冬の森遊びの楽しさを是非、多くの人に知ってもらいたいと思います。
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