世紀の花
風薫る初夏、人目を惹く美しい花で野も里もにぎわっているのに、これほどまで地味な花に心を奪われたのは初めてです。
ササの花がとても珍しいということは、どこで記憶したか定かではありませんが頭の片隅にありました。でも、出かけた先で、駐車場の目の前でササのつぼみがそよいでいた時、あまりに目立たないたたずまいは、気づかずに通り過ぎても不思議ではなかったでしょう。億劫な雨空に、外に出るのをためらっていた時、その存在に気付きました。「ササの花・・・、ってなかなか見られなかったような?」半信半疑で調べてみると、60年から120年に1度しか咲かないらしいと、どのサイトにも書いてあります。やはり!
花が咲いたのはミヤコザサでしょうか。斜面一帯につぼみをつけ、きっと、雨が上がりの風に誘われて一斉に花が開くのでしょう。身近な植物なのにも関わらず、ササの開花については分かっていないことだらけで、ササの花が咲くと大地震が起きるとか、大凶作になるなど、珍しいがゆえに吉凶と結び付けられてしまうところもあるようです。
それにしても、なぜこんなにも長い周期で花をつけるようになったのでしょう。同一遺伝子をもった個体が、地理的に隔離された場所で同時に開花する現象がみられることから、ササの開花は遺伝的に組み込まれたイベントの要素が高いそうです。更に興味深いのは、開花後、親個体は一斉に枯れてしまい、優先していた林床には大きな空間が生まれ、別の植物が根付くチャンス(森林更新)が高まるということです。一方で、多雨の山岳地帯が大部分を占める日本で、ササの地下茎が土壌や水分保持にも重要な役割を担っていることを考えると、活発すぎる森林更新は土砂流出の頻発にもつながりかねません。種の多様性だけを考えれば、もう少し短い周期で花をつけてもよさそうなのにという考えは、あまりに一面的なのだと思い知らされます。ささやかで小さな花には、長い時間をかけて森を育て、守るという大きな使命が課せられているのかもしれません。私たちが一生のうちで1度見られるかどうかの世紀の花は、自然の奥深さへ誘ってくれているような気がします。
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