お引っ越し
少し前の夕刻、辺りが暗くなり始めた時間の出来事です。会社が面している東4条の通りを自宅方向へ向かって車を走らせていると、横断歩道の少し手前、中央分離帯付近に黒い鳥の影を見つけました。この通りでは、よくカラスがオニグルミを空中から道路に投げ落として殻を割り、食べているところを見ていましたので、またカラスかなと思いながら車を進めると、今回は違っていました。
影の主はマガモのお母さん。そして、5〜6羽の雛を連れていました。雛のうち何羽かが、中央分離帯を越える事ができず、立ち往生していたのです。何とか中央分離帯を越え、車の目の前を急いで渡っていきました。雛たちは既に怖い思いをしているのでしょう。写真に見るような一列に並んだ横断ではなく、母親から絶対に離れないといった風で皆がぴったりと身を寄せ合いながら車の前を渡りました。
そして、すぐさま次の難関、歩道です。またも2羽が苦戦し、先に歩道へ上がったお母さんや兄弟姉妹たちに「おいていかないで!」とばかりに、ピーピーピーピーと激しく鳴く声が、窓を閉め切った車の中まではっきりと聞こえてきました。右へ左へと上れそうな場所を探し、何度もジャンプを繰り返して、やっと皆がお母さんのもとへ合流することができた時は、何とも言えない熱い気持ちになりました。
ニュースや新聞でしか見たことがなかったカモのお引っ越しを、まさか街の真ん中で、しかも目の前で見届ける機会がくるとは、夢にも思っていませんでした。この時、幸いにも彼らが渡っていたすぐ後ろの信号は赤で、車は皆手前で止まってくれていましたが、もし青信号だったら状況は違っていたかもしれません。親子の存在に気づかずに、猛スピードで走り抜けた車があったかもしれない、そう思うと背筋が寒くなる思いがします。
日本野鳥の会を立ち上げた歌人・中西悟堂は、どんな鳥も慣らしてしまう彼の才能を不思議がる周りの人に対して「人間に対する不信は、鳥よりも人に原因があり、人間に対する鳥の信頼は人よりも鳥に原因がある」と説明したそうです。鳥は生来、人間の気持ちを理解する能力を持ち得ているが、人間が鳥の嫌がることをし続けた結果、彼らは人間を見ればすぐさま逃げるようになってしまった、とも。鳥に限らず、生き物同士がのびのびと暮らせる世界は、きっと人間にとっても住みやすい環境に違いありません。ハンドルを握る皆さんの車には、相手を思いやる気持ちをいつも乗せているでしょうか。決死の思いで雛たちを街から川へと引っ越しさせたお母さんガモの気持ちを思うと、まだまだ思いやり足りなかったかもしれない、心から反省しました。
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