川霧のゆらぎ
空を写した水面が、川霧のゆらぎの間から見え隠れしています。白鳥たちが水浴びをしたり、餌を探したりして、その青を揺らしていますが、不思議なほど静けさは保たれています。
そのまま絵画にでも音楽にでもなりそうな景色をぼんやり眺めているときは、頭の中が透明になっていく感じがします。"白"とも違います。何色でもない、浮かんでいるものも沈んでいるものも深くまで見通せそうな感覚です。そして、次に、どうしたらこの情景を表すことができるのだろうと思います。色や、音符や、言葉を、自在にあやつる術をもっていたら、できるのだろうかと考えます。でも、そうではないのだろうな、とも感じます。透明感や、熱や、その完璧な均衡までも表し尽すのは、およそ簡単なことではないように思えるからです。
仕事において、効率や機能を求めることは、目指すところに達するために必要なことです。時間やお金、人にも限りがあるからです。それは、長い時間と手間をかけて、美を求め続ける世界とは対極にあるようにも見えます。でも、飛翔という最高の機能を備えた白鳥の羽にも、渡りの効率を高めたマガンの?字編隊にも、きっと多くの人が美を見出すことでしょう。どんなことにも、極めた先には、美が宿るのかもしれません。求め続ければ、近づくことができるのかもしれません。決して簡単なことではないのでしょうが、自分たちが歩む先にあってほしいと、いつも思うのです。
2020年12月14日
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