にらめっこ
河川敷のヤナギたちが、春風に花粉を乗せています。橋の上から眼下に広がる、そのいかにもやわらかそうな黄色いじゅうたんも、週末から続く陽気にあてられて、すぐにでも緑にとって変わりそうな勢いです。一方で、地面に近い目線の高さの景色は、まだまだ茶色や肌色を基調とした、地味な色彩で覆われています。足元では、福寿草がこれでもかと言わんばかりに艶のある花びらを広げているのですが、一歩引いて見ると、違和感なく景色に馴染んでしまうので、やっぱり茶色の世界が広がっているのです。
雪解け水を集めて広がった湿原の淵で、エゾシカの親子を見つけました。彼らも、普段なら景色に馴染む毛色をもっています。とりわけ、この春生まれたのであろう子供は、大人よりもずっととけ込んでいるように見えます。それを知ってか知らずか、姿を現してすぐに、無防備に水を飲み始めました。でも、母親は、もちろんこちらの存在に気が付いていて、視線を外さずにいます。彼らとの距離は相当にあるはずなのですが、この視線のおかげで、寂しげでつかみどころのない景色の中に、しっかりと母親の存在は示され、ぴりっと張りつめた空気が生まれています。
この緊張は、大抵、人間の視線が動いた瞬間に崩れます。カメラの角度を変えようかな、と思った時、わずかに私の視線が外れたのでしょう。母親が後ろの崖に向かってぽーんと跳ね上がりました。子供も慌てて続き、結局、二頭とも一度も振り向くことなく、湿原の奥に消えていきました。もう少し親子の様子を見ていたかったのにと悔やんでも、もちろん後の祭りです。動物たちとのにらめっこには、まだ、勝てた例はありません。
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