カメの歩み
新緑の溢れるこの時期は、たとえ空が灰色の雲に覆われていても、雨がしとしとと降っていても、辺りは明るく見えます。市街地ではもうすっかり葉桜に変わっていますが、少し山の方へ向かってみると、まだ咲き始めたばかりの桜も多く、切り立った斜面をところどころ淡いピンクに染めています。足元でも、エゾノリュウキンカが豪華な黄色い花を広げていたり、ニリンソウやアズマイチゲが可憐な白い花畑をつくっていたりするものですから、上を見たり、下を見たり、遠くを見やったり、目移りして仕方がありません。
風が弱まる好天を待って、山歩きへと繰り出しました。これまでは、年に何度も訪れていましたが、ここ数年は、なかなか来られる機会がなかった場所です。歩き出してすぐ、森の香りをいっぱいに吸い込むと、途端に心が躍り出します。長い冬が明けたばかりの体には、錆びついたような硬さと重さがありますが、気持ちの軽さにひっぱられるように、歩みを進めます。ピンクの小さな花を沢山つけるサマニユキワリは、数年前、最後に見た場所と同じところで、やはり、同じように迎えてくれました。石段の隙間に咲いているミヤマスミレには、葉に斑の入っている変種があります。よく見慣れていたはずの花たちも、それぞれに再会できたことが嬉しく、立ち止まっては眺め、立ち止まっては写真に納めたりします。ミヤマスミレは、歩き始めは斑入りばかりだったのが、森を抜ける頃になると斑のない葉が多くなるんだと、初めて気づいた気がします。
終わってみれば、以前の半分ぐらいの距離を、以前の倍ぐらいの時間をかけて歩いていました。しばらくしまわれていた記憶を、虫干しするようにひっぱり出したり、小さな気付きを加えてみたり、そんなことをあれもこれもとやっていたら、カメの歩みもあっという間です。
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